彦根には国宝の天守はもとより様々な見所があります。古歌に詠まれた景勝や荘厳な神社仏閣、新しく生まれ変わった町並みなど。歴史情緒と人情味あふれる彦根とその周辺の魅力をご案内します。

全室からお庭を臨めます。
湖東エリア
彦根城
彦根城は、将軍徳川家康公の命により佐和山城を一掃するため、慶長9年(1604)より着工し、20年の歳月をかけて築城された。
平成8年には築城以来5回目の大改修が完了。天守の34種類約6万枚にも及ぶ屋根瓦の吹き替えと白壁の塗り替えが中心に行われ、現代に美しく蘇っています。また、彦根城の周囲は特別史跡に指定されていますので、城内をゆっくり散策していただくのもおすすめです。ベーシックなコースで所要時間約90分から。
【お問合せ】
TEL:0749-22-2742 0749-22-2742
http://www.hikoneshi.com/

彦根城お堀めぐり
かつての彦根藩には約120艘の御用船がおかれ、京都へ急行用の早船や軍勢輸送のための軍船などがありました。
このたび、彦根藩主が領内視察や狩りに使った御好屋形船(おこのみやかたぶね)を、彦根城博物館に残されていた絵図面ならびに幕末のイギリス人フェリックス・ベアトが彦根で撮影した写真から忠実に再現しました。
往時のままの屋形船を堀に浮かべ、石垣や米倉水門、季節の桜や紅葉、柳など、舟から眺める彦根城のうつくしさを、水面からの視点でゆっくり楽しんでいただければと思います。
【お問合せ】
TEL:080-1461-4123 080-1461-4123
http://koedohikone.sakura.ne.jp/
玄宮園
彦根城の北東にある、大池泉回遊式の旧大名庭園。彦根城天守閣や茂った木々を背景に、大きな池に突き出すように臨池閣が立ち、築山には鳳翔台があります。この鳳翔台は、彦根藩の賓客をもてなすための客殿で、ひなびた趣のある建物。樹木・岩石・池を巧みに配し、池の周りに、湖南省洞庭湖の瀟湘八景にちなんで選ばれた近江八景、竹生島や沖の白石などを模して造られており、情趣のある庭になっています。
【詳細】
TEL:0749-22-2742 0749-22-2742
http://www.hikoneshi.com/sightseeing/?itemid=77&catid=7
(彦根観光協会)

夢京橋キャッスルロード
彦根城内にある京橋は、一千石以上の武士が居住していた第二郭(かく)(内曲輪(うちぐるわ))と中級以下の武士や商人、職人が居住していた第三郭(かく)(内町(うちまち))をつなぐ橋でした。現在「OLD NEW TOWN」をテーマに本町通りに沿って商人屋敷の良さを生かした江戸時代感覚の新しい建物に建て替えら喫茶店やブティック、一般民家も江戸時代の街並みに再現され「夢京橋」という名前で親しまれています。
【お問合せ】
彦根市役所
TEL:0749-22-1411 0749-22-1411
http://yumekyobashi.jp/

湖東三山 西明寺(池寺)
湖東三山の一つに数えられる天台宗の寺。平安時代、仁明天皇の勅願により三修上人が開山したと伝えられます。本堂は、鎌倉時代初期に建立された建造物で、釘を一本も使わない純和風建築です。国宝第一号に指定されています。
三重塔は、総檜の優美な姿の塔といわれ、初層内部に極彩色で金剛界の三十二菩薩など鎌倉時代の極楽浄土が描かれており、国宝に指定されています。また、紅葉の名所としても有名ですが、冬桜の一種、不断桜があり、紅葉と桜を同時に見ることができます。
【お問合せ】
TEL:0749-38-4008 0749-38-4008
http://www.saimyouji.com/

湖東三山 金剛輪寺
湖東三山の一つで、奈良時代に聖武天皇の勅願により行基が開山した天台宗の寺院。本尊は行基の作と伝えられます。また、源義経が義仲追討の武運必勝を願い太刀を寄進したり、北条時宗が佐々木頼綱に命じて元軍降伏の祈願をしたといわれます。 本坊の南・東・北の三方を囲むように庭園があり、心の字池が3庭を結んでいます。3つの庭は、作庭された年代がそれぞれ異なる池泉回遊・鑑賞式の庭園で、それぞれが名勝に指定されています。桃山時代に造られた庭は、「石楠の庭」と呼ばれています。春になると、庭のそばにある護摩堂のカキツバタやシャクナゲが鮮やかに咲き、華やかになります。
【お問合せ】
TEL:0749-37-3211 begin_of_the_skype_highlighting 0749-37-3211
http://www.kongourinji.org/

天寧寺
11代藩主直中が自分の過失で手打ちにした腰元と初孫を弔うために建立したお寺。京都から呼び寄せた名工によって作られた五百羅漢には必ず会いたい人の顔が見つかるという伝説もあります。
館内には井伊直弼の供養塔が建ち、桜田門外襲撃された際の「血染めの衣装」が収められています。
【お問合せ】
住所:滋賀県彦根市里根町232
TEL:0749-22-5313 0749-22-5313

龍潭寺
井伊家の菩提寺で、奈良時代行基(ぎょうき)によって静岡県井伊谷に開基された、臨済宗妙心寺派の寺院を井伊直政が佐和山城主になったのを機に、佐和山山麓に移築されました。江戸時代初期に建立された方丈は、彦根にある数少ない方丈建築の1つです。寺院裏山の墓地には井伊直弼の母の墓や、直弼の側室の里和の文塚など多くの史跡が残っています。龍潭寺には禅宗の大学寮があり、その中に園頭科(えんずか)がありました。これが造園専門学校の始まりとされています。学僧が実習として作った庭などが現在も残り、庭の寺ともいわれています。
【お問合せ】
住所:滋賀県彦根市古沢町大洞1104
TEL:0749-22-2777 0749-22-2777

多賀大社
多賀大社は「寿命長久」「縁むすび」の御霊徳高く、古くから「お多賀さん」と呼び親しまれた淡海国(近江国)第一の大社です。
多賀大社が文献にみえるのは、和銅5年(712年)に撰上された"古事記"で、「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐す」とあります。社伝によると、神代の昔、伊邪那岐大神は本社東方の杉坂山に降臨され、麓の栗栖(くるす)の里でお休みの後、多賀にお鎮まりになったと伝えています。
【お問合せ】
TEL 0749-48-1101 0749-48-1101
http://www.tagataisya.or.jp/

佐和山城
慶長5年(1600年)「天下分け目の戦い」といわれた関ヶ原合戦の豊臣方の総大将石田三成が、東国へのにらみをきかせた城趾で、佐和山城は標高232米、この頂上に五層の天守閣がそびえ、その偉容を誇っていたといわれる。しかし関ヶ原の敗戦に次ぐ落城後は、建物・石垣などすべてつぶされ、あるいは運び去られて城趾はほとんどその面影をとどめず、わずかな地形からありし日の城の構えをしのぶことができるに過ぎない。
【お問合せ】
住所:滋賀県彦根市古沢町

足軽屋敷
辻番所を備えた足軽屋敷が残るのは、江戸時代に彦根藩足軽善利(せり)組の組屋敷約七百戸が置かれた地域(東西約七百五十メートル、南北約三百メートル)。この地域には現在も城下町特有の「食い違い」や「どんつき」と呼ばれる街路が残っているが、約五年前に県立大などの調査で、屋敷の残存戸数は五十戸前後と判明、以後も建て替えが進み、減少しているという。
【お問合せ】
善利組足軽倶楽部
http://www.geocities.jp/cxsqr730/
中山道穴場町
中山道鳥居本宿
中山道63番目の宿場町で、江戸時代から続く赤玉神教丸の有川家をはじめ旧街道の面影を残す町並みが残っています。
中山道高宮宿
中山道の宿場であるとともに、多賀大社の門前町としての役割を果たしてきた高宮宿。 昔ながらの提灯屋や路地などに旧街道の面影が残っています。

東近江エリア
湖東三山 百済寺
重厚な石垣に覆われた『山城』の趣が漂う天台宗の寺院。
近江の最古級寺院で、今から1400年の昔、推古14年(606年)に、聖徳太子が百済人のために押立山(771.8m)の中腹に百済国の「龍雲寺」を模して創建されました。百済寺の庭園は通称『天下遠望の名園』と呼ばれる、壮大な池泉回遊・鑑賞式庭園です。この百済寺は、北緯35度線上にあり、西に向かって、太郎坊・比叡山・次郎坊(鞍馬山)を経て西方880kmの彼方には「百済国」がありました。多くの渡来人は百済寺の地から「望郷・遠望の想い」で母国を偲んだと言われております。
【お問合せ】
TEL:0749-46-1036 0749-46-1036
http://www.hyakusaiji.or.jp/

長命寺(西国札所)
ご本尊千手十一面聖観世音菩薩は健康長寿、無病息災を授けて下さる有り難い観音様です。本堂三重塔など重文の建つ境内から琵琶湖が一望でき、西国巡礼を始め多くの参拝客でに賑わっています。
【お問合せ】
TEL:0748-33-0031 0748-33-0031
http://www.geocities.jp/t_tyoumeiji/index.html

永源寺
南北町時代の康安元年(1361)、近江国の領守佐々木氏頼が、この地に伽藍を建て、寂室元光禅師を迎えて開山され、瑞石山永源寺と号した。
禅師が遷化された後の、応安2年(1369)後光厳天皇は禅師を追崇され円応禅師の諡号をおくられ、さらに昭和3年(1928)4月には正燈国師の称号がおくられている。応仁の乱には、京都五山の名僧がこの地に難を避け修行し、"文教の地近江に移る"といわれるほど隆盛をきわめた。
明応(1492) 永禄(1563)とたび重なる兵火にかかり、本山をはじめ、山上の寺院悉く焼失。寛永年間一 絲文守禅師(仏頂国師)が住山し、後水尾天皇の帰依を受け再興された。明治以来、臨済宗永源寺派の本山となり、百数十の末寺を統轄し、坐禅研讃、天下泰平、万民安穏を祈る道場となっている。
【永源寺含空院庭園】永源寺の歴代住持の住まいである含空院の周囲をとりまく庭園。池泉と木石が見事な調和を見せ、有名です。紅葉の時期には、美しさが一層引き立ちます。
【お問合せ】
TEL:0748-27-0016 0748-27-0016
http://www.fureai-net.tv/eigenji/

水郷めぐり
今から400年前に宮中の舟遊びに似せて城主・豊臣秀次が始めたといわれる水郷めぐり。日本で一番おそい乗り物は、水面をそよぐ爽やかな風は日常では味わえない癒しを与えてくれそう。近江八幡ならではの四季の自然を感じてみてはいかがですか?
【お問合せ】
近江八幡和船観光協同組合
TEL:0748-32-2564 0748-32-2564
http://www.suigou-meguri.com/

安土城跡
永禄11年足利義昭を奉じて近江に進攻した織田信長は、天正4年(1576)京から徒歩で1日半の距離にある安土山に築城を開始。約3年の年月を要して安土城は完成したが、天正10年6月2日信長は本能寺に倒れると、安土城は織田軍と明智軍との戦いの中で炎上した。
【お問合せ】
安土町役場
TEL:0748-46-3141 0748-46-3141
http://www.town.azuchi.shiga.jp/index.html (安土町役場)
湖北エリア
長浜城
秀吉公は湖畔に初めて居城を建て、長浜と名付けました。また、城下に楽市楽座を取り入れ、商業都市・長浜の基礎を築きました。山内一豊は三代目の城主で、天正地震の後、大手門などを復興しています。現在の城は昭和58年に歴史博物館として再興され、歴史的な資料を数多く展示しています。
豊公園は、各曲輪跡(明確ではない)にも公園としての設備が充実しています。城下町長浜(北国街道沿い)の見どころも多数あり、1日家族でゆっくり過ごすのにもよいですよ。
(長浜城天守閣は、『長浜歴史博物館』となっています。)
【お問合せ】
TEL:0749-63-4611 0749-63-4611
http://www.nagahamashi.org/bunka/haku/index.html (長浜観光協会)

黒壁スクエア(ガラス館)
ガラスの世界への入口として、さまざまなガラス製品を販売しております。1階では、生活に取り入れやすいものから、こだわりの一品まで幅広く取り揃えております。2階では、ヨーロッパを中心とした世界各国の伝統あるガラス製品から特色あるモダンなものまで、展示販売しております。
初心者の方でも楽しんでいただける、さまざまなガラス1日体験教室が設けられています。是非ともご参加してみてはいかがですか?
【お問合せ】
TEL:0749-65-2330 0749-65-2330
※ガラス1日体験教室 電話予約(0749-65-1221 0749-65-1221
http://www.kurokabe.co.jp/

琵琶湖国定公園 賤ヶ岳
この一帯は古くから風光明媚な景勝地として親しまれてきたところで、湖岸には近江八景をはじめ、彦根城、安土城など、歴史上の興味地点が多くあります。リフトに乗り山頂まで(所要時間約6分)到着すると、そこには賤ケ岳合戦の戦跡碑、戦没者の碑があります。南西は日本最大の琵琶湖と比良山系、竹生島など湖山の美しさ、東には伊吹山、北は羽衣伝説の余呉湖が一望できます。
ハイキングコースも設定されているので、静かな木立の中を歩いてみるのもいいですよ。
【お問合せ】
TEL:0749-82-3009 0749-82-3009
http://www.ohmitetudo.co.jp/shizugatake/

梅花藻(醒井)
中山道を流れる地蔵川のバイカモはキンポウゲ科の水生多年草で、清流でしか育ちません。
7~8月ごろに、梅の花に似た白い小花を咲かせることから『梅花藻(バイカモ)』の名が付きました。夏の最盛期には直径1.5cmほどの愛らしい花が一斉に川面から顔を出します。夏の終わりの地蔵川は、川沿いに植えられたサルスベリの花が落下して、梅花藻の白とサルスベリの紅で彩られます。
【お問合せ】
米原市観光協会
TEL:0749-58-2227 0749-58-2227
http://www.city.maibara.lg.jp/ (米原市観光)

島巡り
竹生島・宝厳寺巡り
淡いエメラルドブルーの湖面に浮かぶ緑に包まれた霊場。
竹生島宝厳寺は、神亀元年(724年)聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げを受け、僧行基を勅使としてつかわし、堂塔を開基させたのが始まりです。それ以来、天皇の行幸が続き、また伝教大師、弘法大師なども来島、修業されたと伝えられています。豊臣秀吉との関係も強く、多くの書状、多くの宝物が寄贈されている。慶長七年(1602年)には、太閤の遺命により、秀頼が豊国廟より桃山時代の代表的遺稿である観音堂や唐門などを移築させている。
【お問合せ】
TEL:0749-72-2211 0749-72-2211
http://www.chikubushima.jp/
琵琶湖オーミマリン
http://www.ohmitetudo.co.jp/marine/index.html

多景島巡り
琵琶湖に浮かぶ島のひとつ、多景島は、見る角度によって様々な島影を見せることからその名が付けられたと言われています。島には日蓮宗のお寺「見塔寺」があり、題目岩に刻まれた「南無妙法蓮華経」の大きな文字が一際、目を引きます。
かつて井伊大老暗殺、桜田門外の変のとき、その岩肌から赤い鮮血をにじませたという伝説が残されています。
【お問合せ】
琵琶湖オーミマリン
http://www.ohmitetudo.co.jp/marine/index.html
沖ノ島
近江源氏の流れをくむ源 満仲の家来7人が住み着いたと伝えられる。今でも「南・北・小川・西居・久田・茶谷・中村」の姓が多い。近江八幡国民休暇村との間の沖ノ島水道は航行禁止水域となっていますが水道の中央部のみ7ノット以下の速度で航行できます。
また沖島港へのプレジャーボート・ヨットの入港はできませんが、港外の山甚水産に横付けして、琵琶湖特産の各種魚介類の佃煮等を購入することができます。 安くておいしいですよ。
【沖の島】
滋賀賢小型船協会
http://www.kogatasen.com/

井伊家をめぐる
【龍潭寺】→【彦根城博物館】→【彦根城】→【多景島】→
【天寧寺】→【埋木舎】

龍潭寺
井伊家の菩提寺で、奈良時代行基(ぎょうき)によって静岡県井伊谷に開基された。
彦根城博物館
関ケ原の戦いで井伊の赤備えと呼ばれ、恐れられた赤い甲冑(かっちゅう)などの武具や書画など保管展 示されています。
彦根城
初代藩主井伊直政より第14代藩主井伊直憲に至るまでの260年間1度の国替えや城攻めもなく、いまなお彦 根の象徴とされている。
多景島
井伊大老暗殺、桜田門外の変のとき、その岩肌から赤い鮮血をにじませたという伝説が残されています。
天寧寺
井伊直弼の供養塔が建ち、桜田門外襲撃された際の「血染めの衣装」が収められています。また井伊直弼 公の好みで作られた石州流庭園も見どころです。
埋木舎
5歳で生母を、17歳で父を亡くした井伊直弼が、17歳から32歳までの15年間捨扶持わずか300俵の部屋住 みの身として過ごしたところです。
織田信長を巡る
【安土城址】→【安土城考古博物館】→【信長の館】→【安土町城郭資料館】
安土城址
天正4年(1576)京から徒歩で1日半の距離にある安土山に約3年の年月を要して築城させたが、天正10年6月2日信長は本能寺に倒れると安土城は織田軍と明智軍との戦いの中で炎上した。
安土城考古博物館
城郭のコーナーは充実していて廻ると城郭というものを分かった気が・・。城の成り立ちなど模型を中心に分かりやすい構成なので、織田軍団の3間半の槍のレプリカが長さを実感。
信長の館
安土城天主5・6階部分(上2層分)を原寸大に復元されたものが展示されています。
安土町城郭資料館
1/20の安土城天主が真っ二つに割れ、中の構造がよく見えるようになっている模型があります。他に安土城天主の内部を説明するビデオ、幻の城「安土城」再現が資料館内で流れています。

夏のブルーベリー摘み 『ローザンベリー 多和田』
ローザンベリー多和田は日本四季を大切にしています。 約3ヘクタールの広大なブルーベリー園には、30品種、4,000本を超えるブルーベリの木がすくすくと育ち、 夏の摘み取り時期には青紫の美しい実がたわわに実ります。
◎入園料 大人1,000円 子供800円(要予約)
その場で摘み取りそのまま召し上がっていただけます。(時間制限は特になし)
◎期間 6/12から8月中旬
お土産用として1パック分をご自分で摘み取り持ち帰れます。
そのほか、わずかですがその日に採れた新鮮無農薬野菜や手作りジャムの
販売もされています。
【お問合せ】
TEL:0749-54-2323
http://www.rb-tawada.com/

レンタサイクル
歴史情緒あふれる街並みをのんびり自転車に乗って散策しませんか。彦根の四季を感じながら、自転車でしか発見できない何かがあるかも・・。
ベロタクシー
ベロタクシ歴史情緒あふれる街並みをのんびり自転車に乗って散策しませんか。彦根の四季を感じながら、自転車でしか発見できない何かがあるかも・・。


















